我が国の人口と資産のほとんどは,ひとたび地震が発生すれば液状化する可能性の高い低平地に集中している。地盤の液状化は,直接人命に影響することは少ないが,構造物や社会インフラに致命的な被害を及ぼす。電気や通信,上下水道などのライフライン,海岸や河川堤防などの防災施設,空港や港湾,道路を始めとする物流施設など,地震により被災すると社会や経済,国民の生活に重大な負の影響を及ぼす構造物の液状化による被災リスクを低減することは,安全安心な社会を構築するために推進すべき重要な事項の一つである。しかしながら,液状化リスクの高い地域の面積は広大で,そこには膨大な数の構造物が存在し,そしてそれらのほとんどは液状化対策がなされていないのが現状である。1995年の兵庫県南部地震以降,重要構造物に対する耐震対策,液状化対策が進められてきたが,今日に至るまでの対策進捗率は決して高くない。
地盤の液状化対策工事は概して非常に高価である。上部構造物の建設費よりも地盤改良費の方が高くなることも希ではない。ま
た,既存構造物を使用しながらその直下地盤を改良するのは容易ではなく,さらに高価である。地震による被災リスクを確実に低下させてゆくためには,耐震対策を進めることが有力な手段であることは間違いないが,我が国における経済状況が大幅に好転する見込みがない中で,これまでも,そして今後も対策を進める上での大きな障害となるのが対策コストである。液状化対策コストを大幅に削減し,対策が必要とされる多数の構造物に液状化対策を実施できるようにすること,特にインフラ整備政策が新規建設から維持管理に重点を移している現状を鑑み,既存構造物直下地盤の液状化対策の大幅なコストダウンを実現すること,それが本工法開発の最大の動機である。
土の飽和度が低下すると液状化強度が著しく増加することは古くから知られており,地盤の不飽和化は液状化対策のアイデアとして以前からあった。しかしながら,地盤の不飽和状態の持続期間が短いものと想像されており,地盤の不飽和化が液状化対策法として本格的に研究されることはほとんど無かった。しかしながら,近年における調査・研究により,4〜26年前に地盤中に空気を圧入した数カ所の現場において,いずれも不飽和状態が維持されていることが確認されるなど,一旦不飽和化された地盤が再び飽和するまでには相当の期間を要することが明らかとなってきた。このような結果を受け,これまで岡村が土木研究所および愛媛大学で行ってきた地盤不飽和化に係わる技術開発を,平成20年からは本格的な実用化を目指して産・官・学の共同開発という形で進めてきた。
液状化対策工法の主な対策原理のうち,たとえば地盤の締固め工法は優れた対策工法である。よく締固めた土の強度は高く,高い靭性を持つ。セメント混合や薬液等の固化物質を浸透固化させる固結工法も非常に大きな強度を有する地盤を作ることができる。
これら既存の液状化対策工法の多くは,液状化しやすい地盤材料の強度特性を大幅に改善できる方法である。これに対し,地盤の不飽和化工法では,既存の締固め工法や固結工法ほどは液状化強度を増加させることは出来ない。したがって,極端に液状化強度が小さい砂の強度を不飽和化工法によって十分安全なレベルまで上げることは難しい。また,地表面近く等の有効上載圧力の小さな範囲では,改良効果は比較的小さいなど,適用範囲には一定の限界がある。しかしながら,この工法の最大の長所は,工費が非常に安価になり得ることである。液状化対策が必要な地盤では,液状化強度を大幅に増加させずともある程度増加させれば十分有効な対策となることも多い。本工法の注入材料は空気であり,環境負荷が極めて小さく材料費の面でも大きなメリットがあるのは言うまでもなく,粘性が低いという使用材料(空気)の特性によって,地盤の広範囲に比較的短時間で拡散する特徴を持っている。このことは,少ない空気注入孔(大きな注入孔間隔)で広範囲を対策し得るという施工上の大きなメリットになり,大胆な低コスト化の実現が期待できる所以である。さらに当工法は,施工条件の制限や環境への影響から,他工法では施工できない対策箇所への適用が可能となる。
一方,本来不均一な地盤に空気を注入したとき,地盤内の飽和度の不均一性はある程度避けることが出来ない。注入孔間隔を大きくするほど飽和度の不均一性は増加するため,対策コストとトレードオフの関係となる。どの程度までの不均一性を許容するのか,という設計上の判断や,改良地盤の飽和度を適切にコントロールする施工技術は本工法を開発する上で大きな課題であった。また,地盤の飽和度を精度良く測定する技術も,これまでの研究開発成果を基に一定の実用化レベルに達したが,未だ改善の余地は残されている。さらに,空気を注入し地盤を不飽和化しても,その後徐々に飽和度が増加し,長い年月を経た後には再び完全に飽和するものと考えられ,注入後の不飽和状態の持続性と維持管理方法の問題も完全には解決されていない。そのため,現段階ではこれらの不確定要素については安全側の配慮をせざるを得ないが,それでも本工法の最大の利点である低コスト化に一定の目処が立ったので,共同開発による現在までの知見を設計施工マニュアルとしてまとめることにした。今後の研究や技術の進展によって,更なる適用範囲の拡大やコストダウンの余地が残されているのはいうまでもない。
間隙に空気が存在することによる液状化強度の増加メカニズムは,発生する過剰間隙水圧が空気の圧縮により低減することである。土が土粒子と水及び空気からなるものとし,土粒子と水を非圧縮とすると,ある間隙圧の増加Δpにより間隙空気が圧縮することによる土の体積ひずみεvは,土の飽和度をSr,間隙比をe,初期間隙圧(絶対圧)をp0’としてボイルの法則を用いて次式で表される。
この体積ひずみは液状化状態,すなわち過剰間隙水圧が上昇しきったΔp=σc’のときに最大値εv*となる(注1)。
ただし,ここではサクションを無視し間隙の水圧と空気圧が等しいものとしている。
土中の空気に作用する圧力体積ひずみポテンシャル中の3つの量(Sr,p0,σc’)を種々変化させ,中密の豊浦砂試料を用いて繰返し三軸試験を行った。一連の試験から、飽和度が低いほど、有効拘束圧が高いほど,また初期間隙水圧が低いほど液状化強度が増加することが明かとなった。液状化強度と飽和状態での液状化強度の比,すなわち液状化強度倍率はεv*とユニークな関係にあることがわかった。相対密度や砂の種類が異なる既往の試験結果もこの曲線上にプロットされることがわかった。これより,通常の液状化判定法等による飽和状態の液状化強度の評価に加え,飽和度を調べればその不飽和状態での液状化強度を知ることが出来る。
液状化強度倍率
細粒分を含む砂質土についても試験を行った(注2)。上式が細粒分を含む砂質土にも適用できることがわかる。ただし塑性を示す材料(IP≠N.P)の場合は,上式ほど液状化強度倍率が得られていない例が見られる(竹上・試料Bは塑性指数が約5)。上式は非塑性の砂質土であれば細粒分含有率によらず適用できるが,塑性を示す砂質土に対しては,現状では適用性が確認できていない。塑性を示す砂質土の液状化強度倍率の評価にあたっては,上式の適用性を含めて検討が必要である。
(注1)風間ら,海野らによる不飽和砂の非排水繰り返し三軸試験では,二重セルを用いて供試体の体積変化を測定している。その試験条件に対応するεvを求めるとほぼ一致することが確認できた。
(注2)図中には,非塑性の細粒分を含む砂質土の試験結果に加え、塑性を持つ細粒分を含む砂質土資料の結果も含まれている(竹上・試料A,試料Bの細粒分は塑性指数約90の粘土,原・國生の細粒分は塑性指数約6の土である)。
既存構造物直下に適用でき,かつ長い線状構造物に適用し得る可能性のある安価な液状化対策工法として,近年開発された空気注入不飽和化工法の適用性を検討することを目的とし,動的遠心模型実験を行った。
対象を緩い飽和砂地盤上の盛土(高さ4m)とし,基礎地盤に空気注入を行わない無対策のケース(ケース1),および空気注入により盛土直下の液状化層を不飽和化したケース(ケース2,3)の実験を行った。
過剰間隙水圧の最大値と有効上載圧の比較すると,各測定地点のうち不飽和域の過剰間隙水圧は,深度に関係なく抑制されていることが確認できた。また飽和領域のうち不飽和領域の近傍にあるケース3のC1,C3についても過剰間隙水圧が抑制されている。また,水平地盤部(第4列)では何れのケースでも飽和領域内であり,過剰間隙水圧はほぼ初期有効応力近くまで上昇し液状化した。
ケース2,3の飽和領域における過剰間隙水圧比の最大値を飽和/不飽和領域境界からの距離に対してプロットしたものである。境界から約0.5mと不飽和領域に近いケース3のC1地点で
は,過剰間隙水圧比は極めて小さくなっている。これは,この地点の両側に不飽和領域が存在し水圧の伝播効果か著しいことに加え,両側の不飽和領域が液状化しなかったため,C1地点を含む小さな飽和領域の加振中の変形も抑制されたためであると考えられる。このような不飽和領域に囲まれた小さな領域は,不飽和化されなくても液状化しにくいことがわかる。境界から1.5m以上離れた地点でも,60〜90%の過剰間隙水圧比となっており,不飽和領域の存在による水圧低減効果が見られる。ケース2のC3,B3地点とケース3のB4地点の水圧比を比較すると境界からの距離はほぼ同じであるにも関わらずケース3のB4地点での水圧が低い。これは,ケース3の不飽和域がケース2よりも広く,領域内の空気圧縮量が大きいために周辺の飽和領域に及ぼす水圧抑制効果がより大きかったためであると考えられる。
全域飽和のケース1では盛土直下の液状化層の土が中心部から外側へ流動し盛土が沈下したことがわかる。盛土天端直下を不飽和化したケース2では,不飽和領域に明らかな変形はなく,飽和領域では変形が生じた。飽和/不飽和領域の境界の直上にあたる盛土のり面の中心付近にクラックが発生し,飽和領域直上の盛土は沈下した。盛土直下のほぼ全域を不飽和化したケース3では,地盤全域において明らかな変形は生じていない。ケース3は,上述したように不飽和化領域の間に不飽和化されずに残った狭い領域が存在する(水圧計C1の位置)。この部分にも変形は見られず,また天端の沈下量も極めて小さいことから,空気注入点の間に部分的に飽和域が残存しても盛土の沈下量にはほとんど影響しないことが確認できる。
盛土の天端累積沈下量と入力加速度の関係をみると,全域飽和のケース1の累積沈下量は0.344mに対し,不飽和領域のあるケース2,3の累積沈下量は大幅に抑制された。特にケース3の累積沈下量は0.008mと極めて顕著な沈下抑制効果となった。
不飽和砂の液状化強度は,地震時の過剰間隙水圧の上昇により気泡が収縮し,土が体積圧縮することにより増加する。この土の体積ひずみの大小により液状化強度の倍率が決まるので,大きな体積圧縮が生じる場合には大変有効な対策法となり,一方体積ひずみが小さな場合にはその逆となる。
初期有効応力が大きい場合は有効な対策法となり,したがって高盛土を有する地盤などでは有効である。しかし,例えば住宅直下地盤などでは初期有効応力の小さいので,そのような場合での不飽和液状化対策法の有効性を検討することが必要である。
そこで住宅基礎を模した,接地圧が10〜20kPa程度の直接基礎構造物を対象に,空気注入による液状化対策効果の検証を行った。
はじめに遠心模型実験を行った。実験は4ケースで,緩い砂地盤(地下水位がGL-2m)上に幅6mの直接基礎を設置した。設置圧は10kPaと20kPaの2種類の基礎を用いた。基礎直下の液状化層底部から空気を注入し地盤を不飽和化した地盤(対策した地盤)と無対策地盤を最大約300galで加振した。
地盤の過剰間隙水圧比の時刻歴をみると,基礎直下(B1,C1,D1地点)では,過剰間隙水圧の差が明確であり,対策した地盤では過剰間隙水圧が低くなっている。基礎端部(B2,C2,D2地点)でも対策した地盤の方が過剰間隙水圧の上昇が遅く不飽和化の効果が現れているが,加振の広範では液状化するまで水圧が上昇している。これは上載圧の違いと,これらの地点が不飽和領域の端部に位置するため,飽和領域からの水圧の影響を受けたことによる。また飽和領域(C3地点)でも水圧挙動に差が見られる。これより,非常に水圧低下が抑制された不飽和化領域の影響がC3地点まで及んでいることがわかる。
遠心模型実験を対象にFEM(LIQCA-2D)による有効応力解析を行った。解析における地盤の不飽和状態は,間隙流体の圧縮性を飽和度と初期有効応力に応じて場所毎に変化させることで再現した。その結果,解析と実験で過剰間隙水圧は全体的に良い対応を示した。また,地盤の変形状況についても解析は実験の変形状況を良く捉えたものとなった。
Under Construction
この現場実験の数値シミュレーションを気液二相流解析プログラムTOUGH2 (Pruess et al. 1999)を用いて行った。
解析結果による不飽和領域の拡大速度は実測値よりもだいぶ小さく,注入開始から8時間後でも不飽和化領域の半径は約6mであった。解析で用いた地盤の透水係数が実際の現地のものより小さかった可能性が考えられる。しかし不飽和化領域の進展状況と最終的な不飽和領域の大きさは良く対応しており,数値解析によって空気注入による地盤不飽和化をある程度予測することが出来ることがわかった。
(注3)空気注入圧を増加させると,地盤が割裂破壊を起こし空気みちが形成され
る。そうなると注入した空気は空気みちを流れるのみで土中に侵入(すなわち土を脱水)して行かない。注入地点の空気圧が(静水圧+有効度被り圧/2)以下であれば割裂が生じにくいことがわかっている。
地下水位以下の土中に存在する気泡は徐々に地下水に熔解してゆき,長期的には飽和度は上昇することが考えられる。したがって,実務設計において地盤の飽和度を考慮した液状化強度を用いるためには,不飽和地盤中の気泡が長期にわたって存在し続けるのかどうかを知ることが必要である。
サンドコンパクションパイル(SCP)工法は,砂杭打設時に砂と同時に大量の空気を地盤中に注入する。一本の砂杭の打設時間は10分から20分間といった短時間で,液状化対策としての空気注入(数時間から10時間以上)と比較するとかなり短いが,
SCP施工直後の改良地盤の飽和度はおよそ70%〜90%とかなりの程度低下している。過去に施工されたSCP改良地盤の飽和度を調査することにより,地中に注入された空気存続性をある程度知ることが出来るはずである。そこでSCP工法によって改良された地盤において原位置試験を行うとともに凍結サンプリング試料を採取し,試料の飽和度を調査した。
SCP改良直後の飽和度
液状化対策としてSCP改良された地盤において,施工後1ヶ月以内に凍結サンプリングを実施し試料を採取した。現場は新潟,出雲,安来の3箇所で,柱状図とN値分布は図に示すとおりである。凍結試料は砂杭間の地盤から採取した。凍結サンプルは採取後直ちにラップで包み,冷凍車にて実験室に運搬した。凍結サンプルの所定の深度からブロックを切り出し,直径5cm高さ10cmの三軸供試体または外径10cm高さ10cmの中空供試体に整形し,供試体の密度と含水比を測定した後,土粒子の比重を測定し,これらの値から供試体の飽和度を求めた。
採取した凍結試料の飽和度を測定した深度は図中の◎で示す深度である。飽和度と細粒分含有率,5%粒径の関係を見ると,これら3地点における砂質土層は細粒分が少ないきれいな砂であることがわかる。飽和度は約70%〜90%であり,大きく低下し多量の空気が含まれていることがわかる。また,飽和度は細粒分が多くなると,また5%粒径が小さくなると高くなる傾向が見られる。これは,粒径が小さいほど透水係数および透気係数が低いので,短時間のSCP施工時間では細粒土は不飽和化されないためである。
長期間経過後の飽和度
SCP施工後数年以上経過した3地点からも砂杭間の改良地盤試料を採取した。これら3地点は,淀川河口から約16kmの堤防法尻,取手市における利根川高規格堤防の法面下,および信濃川水門脇の締切り堤である。サンプリング時において淀川は施工後4年間,利根川は施工後8年間,信濃川は施工後26年間が経過していた。各地点のサンプリング時に行った標準貫入試験結果と柱状図を右に示す。何れのサンプリング地点でもSCPは液状化対策として施工されているため,地盤は砂質土層が卓越している。
再び飽和度と細粒分含有率,5%粒径の関係を図に示す。これより,飽和度に及ぼす粒度の影響が明確に見られる。すなわち,細粒分が20%程度以上,5%粒径が0.01mm程度以下になると飽和度が100%に近く,空気がほとんど含まれていない。逆に細粒分が少なく粒径が大きくなると飽和度は大きく低下している。上述したように,SCP施工時の短時間の空気注入でも粗粒度は十分に不飽和されるが,細粒土は時間が短いがために不飽和化されないものと考えられる。
これらのグラフにおける点はSCP改良直後の点とほぼ重なることから,数年から26年間の時間経過による飽和度の上昇はそれ程顕著ではないものと考えられ,空気注入により不飽和化された地盤の不飽和状態はかなりの長期間に亘り継続するものと考えられる。
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