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愛媛大学 理工学研究科

研究概要

河川堤防の安定性           

   目 次 
1.パイピングメカニズムの解明
2.パイピングの進行度を堤体表面形状から探る
3.裏法滑り崩壊により破堤に至るのか

4.関連発表論文リスト

 我が国の治水を担うインフラの中で,河川堤防は最重要構造物である。洪水時に破堤せず,氾濫を防ぐことにより,堤内側に住む我々の生活が守られている。
 河川堤防は直轄河川だけでも約2万kmの膨大な延長を有し,県管理河川ではその10倍以上もある。この堤防は主に明治時代から現在に至るまで嵩上げ,拡幅を繰り返し,現在ではおよそ100年に一度(直轄)あるいはおよそ30年に一度(県管理)程度の頻度で発生する高水を防御出来るように整備が進められている。しかし,未だ道半ばであり,この目標を達するまでには数十年以上かかる見込みで,これからも整備し続けなければいけない。一方,現在までにある程度完成している堤防の中身(質)を点検してみると,明治や昭和の時代に築堤した部分の多くは十分に締固めがされていない,適切な材料(土の種類のこと)が使われていないことがわかり,高水時に安定して止水できるかどうかに疑問が持たれる箇所が多くある。
 現在の河川堤防の安全性を高めることは,喫緊の課題である。

パイピングメカニズムの解明

 河川堤防の高水破壊形態の一つにパイピング破壊がある。パイピング現象については近年活発な研究がなされているが,パイプの発生から進展の詳細なメカニズムが未だ解明されていない。本研究では,透明なアクリル製の模擬堤防を用いたパイピング実験を行い,パイプ部の進展状況を詳細に観察するとともに,パイプ内の水の流れと砂粒子の移動条件の解明を進めている。
@ 剛で透明な堤体(アクリル製)の直下に生じるパイピングの進展と流れ及び土粒子移動条件の解明を目的とした実験:右図は着色水を流した様子。パイプの先端部では相流,出口に近づくと乱流となっている。岩垣の限界摩擦速度から,このパイプ内の粒子移動がある程度説明できる。


 A 堤防直下地盤のパイピングの模型実験に関する相似則の検討:パイピング現象は,そのメカニズムに加えて土粒子の粒径,動水勾配,重力や流体の粘性など多くの影響要因が複雑に関係するが,未だその全容は解明されていない。模型実験はメカニズム解明のための有効なツールだが,その相似則を明らかにすることは必須の課題である。これまで粒径,遠心加速度,堤体の強度を変えた実験を行っている。左図は法尻付近にパイプが進展する様子,右図は遠心加速度によるパイプが堤外側まで貫通するときの動水勾配の変化。


パイピングの進行度を堤体表面形状から探る

河川堤防について,これまでに数百m〜1km毎のボーリング調査が実施され,またその情報を補完するための物理探査が行われてきた。しかしながら,高水により生じるパイピングなどの変状は,堤体や基礎地盤のごく一部の局所的な弱部が原因となるので,現状の調査では弱部を精度良く特定するに至っていない。そもそも物理探査は,例えばレーダー探査は探査深度の限界が地表面から1,2m程度であり,またその探査原理から対象物質内に反射率の異なる明確な境界(例えば土と空洞)が無ければ検知できず,緩み領域を発見することは原理的に不可能である。また比抵抗探査や弾性波速度探査も数十cm程度の小さな緩み領域は発見できず,現状の実務的調査法で堤防の変状を引き起こす弱部を特定するのは困難である。土の力学特性は土質や密度,含水状態,さらには時間によって変化し,またマスとしての堤体の挙動は堤体や基礎地盤の複雑な土層構造に支配される。そのため,堤体の精度良い力学情報の存在を前提とした現在の土質力学体系内で,弱部を含む長大な河川堤防の挙動を予測するのはほぼ不可能である。一方,高水時には浸透により堤体土の含水・応力状態が変化し,それに応じてひずみが生じる。また,堤体が構造体として不安定化すれば,法面滑りやパイピングによる空洞・緩み等が発生する。このように構成する土要素レベルの変化,構造体としての不安定化,の何れによっても堤体は変形し,状態や不安定化に応じた特有の変形パターンが堤体表面に現れるはずである。これまで計測されていない小さなレベルの表面変位を知ることが,堤防の内部構造や力学特性が不明であっても,堤体の状態と危険度の評価に結びつく可能性がある。近年,様々な測定・解析技術が急速に発展しており,植生に隠れた堤体表面の高さを,短時間に面的にcmオーダーで測定することが現実的となってきた。そこで,堤体表面に現れる比較的小さな変位分布からパイピング部の特定と規模の評価を行う方法の構築を行っている。

  


裏法滑り崩壊により破堤に至るのか

 高水による河川堤防の被災形態の一つに裏法面のすべり破壊がある。これは,外水位の上昇により堤体浸潤面が上昇し,やがて裏法面に到達すると,裏法面の安定性が低下し,法面崩壊に至るものである。現在の河川堤防法面滑りの安定性は,浸透流解析で浸潤面位置を求め,円弧滑り安全率で評価されている。この方法は,設計外力である計画高水位の作用の下で,堤体が不安定化しないことを照査するものであり,安定計算には土のピーク強度が用いられる。
 これに対し,設計外力以上の外力が作用した場合,あるいは何らかの原因で堤体が不安定化した場合に,崩壊領域の位置や大きさ,変状後の最終的な堤体の形状や止水性を評価する実用的な方法はない。そこでは,崩壊した土が発揮できる強度はピーク強度ではなく,また大きく変形した後の堤体の形状を考慮し安定性を評価することが必要である。そこで本研究では,一様な地盤及び行き止まり地盤上の均質な砂質土堤防に繰返し高水を作用させ,発生する堤体破壊の特徴,特に破壊領域の大きさを遠心模型実験により調べ,それを基に,崩壊後の最終的な堤体形状を予測する実用的な方法を提案した。さらに,この予測法を用い,計画高水位を越え天端までの水位が作用する場合の,河川堤防の破堤に対する安全性を検討している。
  

 高水継続時間の長い場合(定常浸透),変状発生後,外水位の上昇とともに変状域は急速に法肩に向かって進展し,これは法面勾配や天端幅が小さいほど急速である。しかし,法面勾配が緩く(1:4)で堤体土の摩擦角がある程度大きければ,高水条件によらず堤体に生じ得る破壊域の高さは堤高の1/2以下で,堤体は破堤に対する安定性を保つ。一旦裏法滑りが発生し,そのまま洪水が継続したとしても,滑り破壊領域は必ずしも進行,拡大し破堤に至るわけではなく,途中で止まり再安定化し得る。 現在の堤防点検では滑りの発生のみを照査しているが,これは破堤するか否かを対象として考えた場合,かなり安全側の指標となっている。








発表論文リスト

露口祐輔,岡村未対(2020):堤防直下のパイピング進展メカニズムに関する実験と考察,第55回地盤工学研究発表会

露口祐輔,田村元希,岡村未対(2019):高水による堤防パイピングの遠心模型実験におけるスケール効果,第54回地盤工学研究発表会

岡村未対,平尾優太郎,前田健一 (2017):パイピングにより堤体表面に現れる沈下分布の特徴,河川技術論文集, 第23巻, pp. 399-404.

岡村未対,今村衛,陣内尚子,小野耕平,山本卓男,鎌田卓 (2018): 堤体表面沈下分布と貫入試験によるパイピング緩み領域の把握,河川技術論文集, 第24巻, pp. 529-534.

今村衛,岡村未対,露口祐輔(2020):高水時のパイピング進展による堤体変形挙動の遠心模型実験,河川技術論文集, 第26巻

岡村未対,小坂佳平(2017):高水時の堤防裏法面の滑り領域と破堤危険度評価,河川技術論文集, 第23巻, pp. 393-398.