愛媛大学
沿岸環境・防災研究分野
日向研究室

研究紹介

研究(1) 海洋レーダと数値モデルを用いた津波減災技術の開発

津波レーダの開発

 東北地方太平洋沖地震で発生した津波は約1,000km離れた紀伊水道内にも伝搬しました.我々はその様子を和歌山市に設置した2台の海洋レーダでとらえる事に成功しました (図3; Hinata et al., 2011, 日向ら, 2012).また,津波によって水道内に発達した複雑な副振動のモードまで明らかにする事ができたのです.副振動の計測は,津波警報解除のタイミングを決める上でとても重要と考えられます.これら一連の成果は世界でも初めてのものであり,津波減災に対する海洋レーダの有効性を示すものとなりました.
 現在,我々は,リアルタイムに津波を検知し,岸に到達した時の波高を予測する技術を,外部の大学や民間企業と開発しています.一部の成果は英文雑誌や国内外の学会で発表しています (例えば,Fuji and Hinata, 2017, Ogata et al., 2018, 尾方ら, 2019).また,中部電力や東京電力などの民間企業にその技術を利用していただいております.平時にもレーダは活躍します.レーダで広域の海流を観測し,海洋物理学の発展や水産業,効率的な海洋ゴミの回収,航行安全に役立てる事も可能です.こちらの応用研究ついても進めています.

図3(右)海洋レーダと(左)レーダがとらえた第2波の押し波(日向ら, 2012)

バーチャル津浪観測実験

 日・独・米3グループによる東北地方太平洋沖地震津波計測の成功は,過去20年間にわたり議論されてきたレーダによる津波検知可能性に対する明確な答を示しました.我々の研究チームは現在,南海トラフ地震津波等を念頭に,震源域から沿岸部までをシームレスにカバー出来る津波レーダを開発しています.
 津波レーダ開発の最大の問題点,それは検証用の津波データの取得が極めて難しいことです.レーダで観測可能な津浪の発生頻度がとても小さいためです.そこで,我々は数値計算結果とレーダ観測結果を融合させるバーチャル津波観測実験を通じて,津波計測手法や津波レーダの性能評価を行っています.
 バーチャル観測では,(例えば)和歌山県美浜町や白浜町に設置していたレーダの実際の受信信号の周波数を,数値モデルで計算した南海トラフ地震津波の流速場によって変調させます.押し波(引き波)がレーダ観測範囲内に伝播したらその“流速”の大きさに比例して受信信号の周波数を大きく(小さく)します(ドップラシフト).続いて,その信号の周波数を解析して周波数変化の大きさを計算し,津波の流速場を推定します.実際の受診信号に基づいて仮想的な受診信号を作っているので,もちろん信号の中にはノイズが混ざっています.この推定結果(ノイズ有り)と数値計算の結果(ノイズなしの正解)を比較します.数値計算結果と同じ流速がノイズ有りの信号から推定できたら,その距離まではレーダで津浪が計測できる,と考えるのです(図4).この手法の長所は,複数の津波シナリオ(コンピュータで自由に設定できる)に対するレーダの検知性能を現実のノイズを考慮した上で統計的に評価できる点です.この技術は,インドネシア・ジャワ島に設置されたレーダの性能評価にも応用されていきます.

図4 南海トラフ地震津波発生1分後(左上)から16分後(右下)までの津波検知(緑丸)の様子.
ピンク線は津波の先端部分を示す (Ogata et al., 2018).

研究(2) プラスチックによる海洋汚染に関する研究

海岸過程(漂着ー滞留ー再漂流)モデルの開発

 河川などを通じて海洋に流入したプラスチックはどのような運命をたどるのでしょうか?多くのプラスチックは海岸への漂着・沖合への再漂流を繰り返しながら(図5)海洋表層を漂っていると考えられています.プラスチックのうちでも生産量の多いPEやPPは海水よりも軽いのです.もちろん国境は関係ありません.
 プラスチックは紫外線や熱で性状が劣化し,やがては海洋生物が体内に取り込めるサイズにまで微細化します.マイクロプラスチックやナノプラスチックです.厄介なのは,その製造過程で生態系に影響を与える化学物質が添加されていたり,海洋環境中の有害化学物質を表面に吸着することです.またナノプラスチックの影響についてはほどんとわかっていません.微細化のホットスポット,それは海岸です.世界中の海岸にどれだけの量のプラスチックが漂着し,どれだけの時間滞留して,海に戻っていくのか,これを明らかにすることが将来影響を予測する上で非常に重要です.そのために我々は様々な大きさのプラスチック漂着物の海岸過程モデルを開発しています.その一例を紹介します.
 海岸過程は波,離岸流,吹送流,潮流,海上風あるいは海岸地形に影響を受けますし,漂着物の大きさや比重によっても変わります.そんな複雑な過程を,一つの海岸で計算をするのも大変なのに国内,太平洋沿岸,あるいは世界中の海岸で計算しなくてはならないとなると,一体どの様にモデル化したら良いのでしょうか.我々は,物理プロセスを単純化したモデルを開発しました.漂着過程と再漂流過程を,それぞれ,漂着確率と再漂流確率を使って表現します.再漂流確率は海岸滞留時間から見積もることができる(頑張れば観測できる)のですが,問題は漂着確率の評価です.そこで,単位時間に漂着するプラスチック量と再漂流するプラスチック量がバランスしている,という大胆な仮定を使って漂着確率を見積もることにしました.大胆な仮定であるにも関わらず,このモデルで色々なサイズのプラスチックの海岸過程が計算できることがわかってきました( 図6,Hinata et al., accepted).現在,このモデルを使った瀬戸内海や太平洋の計算が始まっています.

図5(左)離島に漂着した大量のプラスチック,(右)指数関数的減少から滞留時間(209日)を計算(Kataoka et al.,2013)
図6 確率を用いた海岸過程のモデル化(Hinata et al., accepted)

なぜ環境中にはシングルユースプラスチックが多いのか?

 海岸に漂着した大きな(拾えるサイズの)プラスチックゴミの約60%(数)はシングルユースプラスチックです(例えば,H28年度環境省海岸調査).なぜ,シングルユースプラスチックは環境中に多いのでしょうか?上述した海岸過程のモデルを応用して考えてみます.我々の社会から環境中に流出する単位時間あたりのプラスチック量(これをフラックスと言います)は,社会の中に存在するプラスチック量(ストック)に比例し,そのプラスチックのライフタイム(社会に滞留している時間)に反比例します.これは,海岸から単位時間あたりに再漂流するプラスチック量は,海岸の上に漂着しているプラスチック量に比例し,プラスチックの海岸滞留時間に反比例する,という関係を利用しています.ただし,使ったすべてのプラスチックが環境中に漏れてしまうのではありませんので,比例定数k (≦1)をかけておきます*(図7).この式にしたがえば,環境中へ流出してしまうプラスチックを減らすためには,まず,分母を大きくして,分子を小さくすれば良いことがわかります.Reduceは分子を小さくすることに,Reuseは分母を大きくすることに対応します.だから,環境中のゴミを減らすには,ReduceとReuseがとても大事なのです.シングルユースプラスチックが環境中に多い理由も明らかです.ライフタイムが短くて(分母が小さくて),使用量が多い(分子が大きい)からです.プラスチック生産量の40%近くがパッケージで,それら多くのライフタイムは1年程度なのです(Geyer et al., 2017).
 比例定数kの大きさですが,これは社会システムや教育を反映します.ゴミ回収ー処理システムが整備されている国,環境教育が行き届いている国はkが小さく,反対の国はkが大きくなります.日本のkがどれくらいの値なのか,プラスチック製品毎(と言っても大きな括りで)に見積もる必要がありますが,世界的に見ればおそらく小さいと思います.一人あたりの容器包装プラスチック廃棄量が米国についで世界第2位(UNEP, 2018),人口は世界第11位であるにも拘わらず,海洋へのプラスチック排出量は第30位だからです(Jambeck et al., 2015).あくまで見積もりですが.一方,海洋へのプラスチック排出量が多い国々ではkの値が日本に比べると相対的に大きくなっていると予想されます.その様な国では,社会インフラを整備する,教育を見直すことによって,kを大幅に小さくすることが可能だと考えられます.では,日本でこれ以上(といってもまだ見積もっていませんが)kを小さくすることは可能でしょうか?kをどれくらい小さくするのにどれくらいのコストが掛かるのでしょうか?もし,コストが現実的でないなら,ReduceとReuseが最も有効ということになります.
 Recycleと環境中で分解するプラスチック(EDPs)についても簡単に説明します.Recycleは陽にはこのモデルに出てきませんが,Recycleを通じて環境意識が高まることで,あるいは,デポジットを導入することによってkが小さくなる可能性があります.EDPsは,環境中で分解するのですから,環境中(漏れた先)でのライフタイムを短くすることでその環境中でのストックを減らす働きがあります.ただし,ポイ捨てを助長する可能性があるので何に使用するのか慎重な議論が必要と考えます.
 kの値は,プラスチック製品,国,市町村によって違いますし,人によっても違います.それぞれについて,フラックスを効率的に減らすには何が,あるいはどんな対策の組み合わせが良いのか,検討する必要があると思います.いずれにせよ,この様なモデルを作り,それぞれの対策や技術開発の効果を位置付けるとともに,それぞれの効果をインテグレートして評価する,あるいは事前に予測することが大事だと思います.
*このモデルはあくまで海洋など環境中へのプラスチック流出量について考えたものです.

図7 社会から環境へのプラスチック流出モデル

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